信州旅日記
加齢黄斑変性という病気には枕詞のように「失明の怖れ」という言葉が付く。それならば、見える内に美しいもの、珍しいものを見ておこう。「春には桜、秋には紅葉を」と決めた。
幸い、発症した二年目に比べると治療の効果が出て、歪みも和らいだ感じがする。
この秋は信州の秋を尋ねることした。関が原より東へ車を運転するのは初めてである。途中10キロ近くのトンネルや、工事中で片側一車線の規制が行われていたが、快適なドライブを楽しむことが出来た。
奈良井宿
西宮から350キロ走って、中山道六十九次の宿場の一つ奈良井宿に立ち寄った。街道の両側には漆器や五平餅の店が軒を連ねる。さすがに山間の宿場だけあって外国人は少なく、ひっそりと昔の雰囲気を残していた。
その夜は諏訪湖畔の宿に泊まった。沈みゆく夕陽が湖に映え綺麗であった。その夜は久しぶりにマッタケ料理を味わった。
浅間山と鬼押出し園
二日目、諏訪から高速で東に走り山梨県に入った。多くの別荘が並ぶ清里高原に立ち寄った後、軽井沢方面へ向かった。訪れたのは鬼押出し園である。江戸時代(1783年)に浅間山の噴火で、一瞬にして村が溶岩で埋まり多くの人が亡くなった。奇岩が積み重なり何とも言えない光景であった。名前の由来は、浅間山に住むと信じられた鬼が、噴火で岩を押し出したことから名付けられた。山には犠牲者の霊を悼むお寺がある。
遥か彼方にそびえる浅間山は雲に隠れていたが、一瞬雲が切れると山頂にある1000トン岩を写すことが出来た。この岩は1950年9月30日の噴火の時、火口から飛んできた火山弾である。
白糸の滝
近くには白糸の滝がある。この滝は浅間山の地下水が流れ出たものである。
碓氷峠見晴台
三日目は碓氷峠の見晴台から関東の山々を眺めた。見晴台と名付けられているように、その見晴らしは素晴らしく、暫く動こうとしなかった。
碓氷峠は長野県と群馬県の境界にある。境界に沿って石が並べられていた。楓であろうか見事に色づいていた。
雲場池
軽井沢というと夏の別荘地という印象があるが、近くには自然が多い。紅葉に囲まれた雲場池の周囲には多くの観光客が訪れていた。
千畳敷カール
午後、高速道路を松本経由で駒ケ根まで走った。駒ケ根に着いたのは5時半過ぎで、やはり暗くなると運転は難しい。駒ヶ岳麓のホテルの宿に泊まった。
旅の最終日、バス30分ロープウェイ7分を乗り継いで千畳敷カールへ行った。毎時15分と45分に出るバスは、乗り切れない乗客のために臨時便を出していた。ロープウェイは標高差950メートルを一気に駆け上った。まるでエレベータのようである。
千畳敷駅は2611.5メートルにあり、日本一高い駅である。日本国内でこんな高い所に来たのは初めてである。ゴロゴロした岩の多い遊歩道を歩くと、息切れする思いがした。
名前の由来は千畳もある広い空間で、カールとはくぼ地のことらしい。落ち葉一枚でも持ち帰ることが禁じられ、環境保護の努力がなされていた。
天気が良く遥か彼方に富士山を見ることが出来た。印象的な光景であった。
馬籠宿
さいごに馬籠宿(岐阜県)に立ち寄った。ここは、島崎藤村の生まれた所でもある。馬籠は平坦な奈良井宿とは異なり坂道に沿っている。昔の人の旅は苦労の多い旅であったと思われる。ここにも多くの外国人が訪れ、中にはソフトクリームをなめながら歩く姿が見られた。
往復1100キロの信州の旅であった。一時間走ると10分休むことにし安全運転を心掛けた。
ツアーと異なり車の旅の優れているところは、自分で計画を組み行きたいところへ行けることである。
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東京友の会の高橋さんからそちらの活動をお聴きしています。
私は右眼AMDの9年生です。
東京の友の会は神谷さん、高橋さん等と発足時から参加しております。
京都の友人が最近、発症とのことで6/13例会に出るとのこと。上洛の便あり同行したく思っています。
皆様と情報交換も出来たらと願っております。
よろしくお願いします。山野一彦
事務局の星野です。
ご連絡ありがとうございます。高田代表にもこの事を伝えておきます。
お目にかかることを楽しみにしております。
では、6月13日の定例会にて・・・